建築訴訟の実務と損害の根拠を示す実例〜設計図書の綿密なチェックと一級建築士だから分かる問題点〜|東京の建築設計
私たちは、戸建住宅・集合住宅・幼稚園・オフィスなどの設計監理を専門としている建築士です。
数年前から、中学高校大学の同級生の友人から、
「今、建築裁判をやっているんだが・・・
設計図書とか見積書とかみても、全然分からない・・・
ちょっと力になってくれないか?」
という要望を受けて、建築設計や工事に関するコンサルティング・意見書の作成を行っています。
遠い存在であった裁判。
依頼主の要請を受けて、実際に裁判を傍聴する機会もあります。
建築のプロである私たちの目から見ると、建築トラブル・紛争の問題点は明確であることが多いです。
どちらかが「明らかに問題がある」のは、すぐに分かる傾向があります。
ところが、この「明らかであること」をしっかりと裁判官に理解していただくことは大変困難なことです。
裁判官は、建築設計や建築工事に関して全くの素人です。
そして、建築基準法等の諸法規をある程度ご存じですが、「現実的な運用」は全く知りません。
とにかく「書面ベースで進行する」傾向が強い裁判においては、「書類でしっかりと裁判官に説明」することが非常に大事です。
どんなに数多くの証拠をまとめて提出しても、「裁判官がよくわからない、理解できない」証拠・書証は、あまり効果がありません。
今回は、 都内の高級住宅街においてアパレル会社を営む方が建主が建築した自宅兼オフィスが舞台です。
建主が建築士に設計を依頼し、別の会社が工事を請け負ったオフィスを兼ねる個人邸における訴訟の話です。
1階にオフィスを、2階〜3階に住居を作り、職住近接の住まいとオフィスを作った建主。
設計に関する考え方が合う建築士を探し、建築士が推薦した工事会社に決まりました。
鉄筋コンクリート造の大規模な邸宅兼オフィスを建築した建主。
楽しみにしていた建主でしたが、工事終盤から設計者・建築士との行き違いが発生しました。
設計期間、そして工事が始まった頃までは、良好だった建主と建築士の関係。
少しずつ行き違いが明確になり、建主の不信感が強まってゆきました。
オフィスや住まいの望む雰囲気を建築士に伝え、デザインはお任せだった建主。
オフィスの面積を最大限有効に活用するために、「容積一杯で設計する」ことを依頼しました。
建築士は、思う存分力を振るい、建主が気に入る設計案を完成させました。
高額になる見込みだった工事費も建主の想定内となり、建主はほっとしました。
そして、「邸宅兼オフィス」の豪邸が現実になるのを夢見ていました。
ところが、工事途中から建築士との意見の食い違い、「話が違う」と感じることが発生しました。
例えば、住居の玄関は豪華で立派なのですが、段差がほとんどありません。
「段差がない」ことは近年のバリアフリーに適合していて、特に高齢者などを考えたとき、とても良いことです。
ところが、「段差がない」ことは靴のホコリなどがホールに入ってきやすいデメリットがあります。
以前、幼稚園の設計の際に園長先生が「30~40mm程度の段差」を求めましたが、バリアフリーの制約で「基本はフラット」にする必要があります。
この時は、自治体と協議して、「10〜15mm程度の段差」を認めてもらいましたが、園長先生は「子どもたちはどうしても泥などが靴についてくる。玄関が汚れて不衛生だ」とおっしゃっておりましたが、設計者としては懸命に努力したつもりでした。
「バリアフリーに適合」は良い面ばかりではないのが現実です。
この「バリアフリーによるフラットの問題点」をしっかり説明しなかった建築士に「お任せだった」奥様は工事中に仰天しました。 「段差がない」玄関は初めての経験でした。
建主は「段差をつける」ことを建築士に要望しますが、鉄筋コンクリートのスラブ工事が完成し、「玄関に段差をつける」ためには、その階の床を上げる必要があります。
少し天井を下げることを検討しましたが、「高い天井」が好きだった奥様はちょっと残念です。
もっと困ったことは「追加工事」となり、相応の追加工事費がかかることでした。
非常に不愉快になった建主でしたが、ここまでは我慢したようです。
こうして、玄関がフラットであることに端を発して、建築士との行き違いが様々な箇所に現れてきました。
寒がりの子どもがいるので「床暖房でしっかり暖かい住まい」を希望していた建主。
「暖かいはず」の床暖房を試運転しても、全く暖かくなりません。
設計時に、無垢材のフローリングを建築士が提案したのに対して、「無垢材もいいけど、床暖房を優先」と伝えた建主でした。
それでも「無垢材を強く進めてきた」建築士に対して「床暖房の効果があること」を条件に了承した建主。
厚さ15mmの一般的な無垢フローリングなので、「床暖房の効果は問題ない」という話でした。
私たちも「厚さ15mmの無垢材と床暖房」を設計したことがありますが、暖かくなるので、「暖かくならない」理由が不明です。
床暖房の性能やフローリングの材質にもよるかもしれません。
床暖房をつけてみても、「床暖房があるのかないのか不明」なくらい全く暖かくなりません。
「なぜ?」と強い不信感を持った建主。
このように「なぜ?」という不信感がきっかけとなって、不信感は増大してゆく傾向があります。
これに対して、建主は建築士に説明を求めましたが、納得いく説明にはなりませんでした。
至る所に「思っていたのと違う」箇所が出てきてしまった建主。
設計瑕疵・工事瑕疵を主張して、弁護士に相談し、弁護士から私たちに相談がありました。
建主から様々な話を聞くと、設計時からの「建築家・建築士との行き違い」があったようです。
ここで、建築士や工事会社に対して訴訟を起こすことになった建主。
訴訟を起こすこと事態に多額のお金と時間がかかるので、「最善の選択肢」かどうかはよく考える必要があります。
感情的になってしまった建主は、訴訟に踏み切りました。
実は「建築設計の際の説明が悪いことに起因する瑕疵」を立証することは非常に困難です。
「設計時の説明が足りなかった」と主張しても「具体的に、どう足りなく、損害額はいくらか?」という話になります。
裁判に関わって最も新鮮であり、驚きであったのはこのことです。
弁護士・裁判官など法曹関係者の方にとっては、「当然のこと」かもしれませんが、とにかく裁判では「根拠が絶対」であり、「損害賠償額には明白な根拠が必要」です。
「具体的な損害額」としては、「フローリングを剥がして、床暖房を施工し直す」という「工事金額」は一定の根拠となります。
ところが、この「工事金額」のどこまでを損害として認めるか、という点が難しい主張となります。
これだけでは、中途半端な和解となることが懸念されました。
そこで、「他に何か具体的な損害が発生していないか」を綿密にチェックし、容積率の算定根拠にミスを発見しました。
建物を建てることができる最大の床面積の根拠となる容積率は、用途地域や前面道路の幅員なども考慮して決定されます。
この「容積率算定ミス」を発見しました。
「容積いっぱいの建物」を強く要望した建主に対して、建築士が設計した建物は「容積一杯ではなかった」のです。
「本来ならば、もう少し建物を建てることが可能であった」のです。
このことを立証しました。
これは、非常に具体的で損害額として立証しやすい方向でした。
最終的に「建主が持つ計画地の財産を過小評価した設計」ということが裁判所に認められました。
地価を考慮して損害額を計算しましたが、高級住宅街でしたので相応の金額が確定しました。
裁判初期にご相談いただいたことが良かったです。
裁判がある程度進行した後であったならば、このようにうまくゆかなかった可能性があります。
それは、裁判官の心証がある程度確定する傾向があるからです。
「財産の過小評価」という主張を途中からしても、「原告側の後出しじゃんけん」と裁判官に考えられてしまう傾向があるので、裁判途中で、有効な立証を思いついても遅い可能性が高いです。
とにかく「書類ベース」で、裁判官もよくわからないままに進む傾向が強い建築裁判。
早い段階で、しっかりとした経験豊富な一級建築士に相談し、明確な根拠のある意見書作成を依頼するのが大事です。
株式会社YDS建築研究所
東京都千代田区神田三崎町2-20-7 水道橋西口会館6F
TEL:03-6272-5572
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